交通、仮止め、薄い生活

 8月は沢山展覧会を観た。観ては色々考えるのだけれど、すぐに忘れてしまう。失礼なことだ。だから、忘れないうちに、忘れてもいいように、ひっそりと記述しておこうとおもう。きっとそれが備忘録というやつなのだ。

8月19日
 愛知に行って、堀さんの個展を観た。新作の〈根や茎〉という作品に魅入ってしまって、正直他の作品を冷静に観られたか分からないのだけれど、この作品を観れただけでもう愛知にきてよかったと思った。〈根と茎〉では複数の技術(例えば線の方法のバリエーション)が複数的なまま「同時」に張り付いている。そこに統合へと向かう奥行き(perspective)は存在しないし、図と地の二項対立的な反転もない。むしろ、絶えず図であり続け、同時に絶えず地であり続けるような状態に近い。ある線が領域を縁取ろうとするとき、また別の線によってその領域は切断され、変容する。線は縁取る境界でありながら、縁取られる境界でもある。そんな秩序を形成しながら絶えず破綻していく、そのギリギリのやり取りの中で作者が筆を止めてやりとりを終えてしまう、その決定に思いを馳せる。
 痕跡と運動を両立させることの困難。今回観た堀さんの作品は、線の痕跡から運動を知覚させるのではなく、さまざまな技術によって入り組んだ複数の領域を交通(transport)するような感覚というか、そういう動き方があるんじゃないかと思った。追認ではなく、往来。まだあまり自分でも掴めていないけれど。

8月25日
 なおぴー(高橋直宏)さんの個展を観た。ロープと木彫。めちゃくちゃ面白かった。ロープとかブルーシートとか、そう言った道具たちはあるものを「仮止め」するものであって、本決定するものではない。ロープはあるものを動かないように、あるいは複数のものがバラバラになって霧散しないように繋ぎ止めるものだ。それはひとつのふるまいであるのだけれど、ロープを解けばひとたび繋ぎ止められたものたちや、繋ぎ止めることであらわれる表象、あるいは表層までもが崩れ去る。仮止めはあくまで仮のものであり、未来を保証してくれるわけではない。一方でそれは決定を保留しているわけではないだろう。仮止めは、未来は別の形や別の仕方であることを予感させる脆さを含みながら、絶えず現在のふるまいとしていま、ここにはりついている。未決定を振る舞うこと、それをどう肯定するかという思索が物質として、構造を剥き出しにしたまま「立ち」(あるいは吊り、寝そべ、立てかけ)表せる技術。
 また、吊られたり、倒れるように寝かせられた彫刻はサスペンスを想起させるのだけれど、それは首吊りのようなイメージが先立つのではなく、吊られている、寝かせておかれている、といった残酷なまでに物質的な側面からイメージが立ち上がることを見せつけられているようで、おもわず、彫刻的だ、と呟いてしまう( 彫刻をやっている人達からしたら見当違いかもしれない)。あと、ふるまい、ということを考えると、彫刻がどのように振る舞うかによって形を決定しなければならないと同時に、形態に合わせて振る舞いが決定されるんだなとあらためて気づく(立たせるためにどれくらいの面積が必要で、底は平らにしないといけないとかそういった物質的なリアル)。

8月23日
 ストレンジャーによろしく。意を決して廻りはじめることにした。
梅の湯。廃業した温泉の休憩室で扇風機がぬるい風を吸っては吐き出しを繰り返している。妙に座り心地の良さげなソファには先約があったので、すぐ横の白いテーブルに腰掛け、テーブルの冷ややかな感触をおしりに感じながら、床に置かれたモニターを眺める。モニターには、足立がまさに今ここにあるブラウン管を叩く映像が断片的に映し出されている。
 足立のコンセプトとか意図とかは分からないからさておき、ずっとブラウン管を叩き続ける行為は昔おばあちゃんとかが叩いてテレビを治す、みたいな行為にみえて、それが安直に廃業した空間の再生、みたいなことへと直結してしまいそうになるんだけど、映像よりも絶妙に長い何も映らぬ間によって、身体がそわそわするというか。そのソワソワからか、つい辺りを見回してしまって、部屋の空間をみることに集中しだす、かと思えばそのピークギリギリでまた映像が映る。このよくわからぬモヤモヤしたやりとりを繰り返していると、映像では映っていない深夜特急の本が立てかけられている事にふと気づく。その瞬間、稼働する扇風機や造花、マッサージチェア、置かれている空間のあらゆるモノに生活する身体が息づくというか。たった一つのその契機で空間が生々しいものに変化する。死んでいるのに生きている、その瀬戸際に包まれるようなギリギリの「薄い生活」を知覚したような。

9月29日
 勤め先で11月に個展をしてもらうアーティストと改めてこの作品をみる。
 こうした小さなことを小さいまま出すことができることにグッときますよね。という話を共有できたのがよかった。

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