Ryusei MIYAZAKI






    Gentle moment

    2021/1/12 - 2020/1/24
    ge-shuku 103,underground carpark/daja/SUISEI-Art (Ishikawa)
    Artist:
    Yusuke ADACHI
    Syohei TAKESHITA
    Yumi MATSUKAWA
    Ryusei MIYAZAKI
    Eri HATTA


    Installation view↓↓↓

    /ge-shuku underground carpark

























    /ge-shuku103




























    /daja

























    /SUISEI-Art

























    photo by Eisuke KIKKAWA



    /Exhibition statement

    ​ 生活する、日常を過ごす。
    朝起きて、ご飯を食べて、友達と話して、眠る。まさに常なる日と書くように繰り返される日々は、現在という時間を死ぬまで間延びさせているように思う。あまりにも遠くなった現在は忘れられてゆき、滑らかに持続する日常は、ふと振り返れば1日1日が一瞬の出来事のように感じる。 郊外に放置された植木や錆びたベンチはもはや自分たちの役割を失って、ただ存在する時間だけが繰り返される。役割は過去に忘却され、まるで現在の檻に閉じ込められるように。

    日常に生きる中でふとそんな彼ら(彼女ら)に目をやると、私と彼ら(彼女ら)との間に時間の別ルートが生まれる。無意識に繰り返される互いの日常の風通しが良くなるように、日々の一瞬が緩やかに延長する。

    私たちは日常と並行して、遊んだり、特別な体験をすることで思い出を作るように、時間に沢山の分節を作ってみたりする。
    都会やsnsでは、トレンドやニーズが目まぐるしく変化するように、現在は次々と分節されて、過去となっていく。
    そんな中で、日常の一瞬を緩やかにするには過剰ではない、ちょうどいい分節が必要な気がする。それは「出会い」と呼んでもいいかもしれない。

    展覧会も、日常に少し寄り道をする「出会い」のための別ルートとして...

    文章 宮崎竜成



    ​ /Private statement

    ​ 別ルート、

    /先日の大雪の影響で展覧会を 3 日間延期することになった。個人的に、今回の展覧 会では、繰り返し過ぎていく日常生活の中でそれが切り離されない程度の分節、つまり 習慣として無意識化された生活マップに別ルートを与えるようなものとして位置付け るつもりだった。それは普段目に止まらない空家の花壇や何気ない生活のワンシーンに 目が留まるような、そんなことをきっかけに自分自身の生活のリズムに隙間風を通し、 常に揺らぎ続けるような契機として、だ。

    /しかし、先日の大雪は、昨日までの日常が突如全く機能しないほどの強烈な分節だ った。それでも、そんな中でなんとか生活を続けていかないといけないわけで、つまり、 私たちの生活が失調していく中で、同時に生活を回復していかなければいけないという、 今回の展示とは全く逆のベクトルで「ゆるやかな一瞬」を獲得しようとする状況だった ように思う。現在のコロナ渦や大震災などの災害も、同じ状況の契機となっている。 とはいえ、先日の大雪は住⺠総出になって雪をかき、除雪車の整備もあってものの数日で元の日常を取り戻した。大雪になったその日は、もう大雪前の日常をどのように過ごしていたか思い出せない程だったにもかかわらず、数日後には何の疑いもなく日々を過ごしている。改めて考えてみるとものすごい緩急だと思う。同時に、私たちはそれこ そ緩急の程度はあれ、このようなことの繰り返しで生きているし、そうやって身体や環 境の関係も変化し続けているのだと思う。

    /お正月や成人などの節目や災害程の強烈な分節があって初めて普段の日常生活を反 芻することができる。しかし、一度日常生活を回復すれば、それは無意識化に埋没して しまう。その不確定な繰り返しが歴史を形作るのも事実だけれど、(今まさに強烈な分 節が起こった最中で)それよりももっと個人の身体レベルのグラデーションとして「ゆるやかな一瞬」が可能なのか、改めて考える。

    /作品がその時間の可塑性をもたらすものとして、

    2021/1/12 宮崎⻯成