頭痛と痙攣 「壊れる」こと

 激務で久しぶりに体を壊した。高熱、手足の痙攣、体は熱いのに寒気がする。頭痛。中枢が揺らぎ、意思とは裏腹に筋肉は収縮と弛緩を繰り返す。今はフリックで文字をちゃんと打てるくらいには回復した。
社会の規定する身体としては機能しないリズム。体を壊すという表現は言い得て妙で、この、「壊す」に対応する主語は、秩序を前提とした社会の規定する身体だと思う。めちゃくちゃしんどいが、それを受け入れざるを得ない。ただただ、潔くしんどい。

 そういえば、マリーナアブラモヴィッチの初期パフォーマンス、『Rhythm 2』という作品があって、それの第一部の内容は緊張症の患者に投薬される薬を服用するというもの。その薬の作用によってアブラモヴィッチの体は自身の意識制御を無視して激しく痙攣する。脳が中枢的に判断するにも関わらず、筋収縮のリズムは自立分散的に持続してしまう。そうした身体の両義性。

 頭痛と痙攣は、中枢と自立分散の激しい対立/衝突に対応する。などとぼんやり考えることと、キーボードを叩くこととが緩やかに一致し始める。

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