
今年初めに北海道札幌市にある500m美術館にて開催されていた展覧会『ゆきどける──「アートより除雪」から分化する、6人の視点』の記録集にレビューを寄稿しました。
タイトルは「危機の創造性、あるいは創造性の危機について」です。
アートか除雪かという極めて具体的な二項対立から出発し、そうした二項対立ではなく、その双方の豊かな緊張完成としての「ゆきかき」をとらえようとする本展の試みをいかに「制作論」として引き受けられるのか、というテーゼをもとに執筆しました。
記録集は1200円だそうです。おそらく展示関係者に連絡すればかえるのだとおもいます。是非お見かけの際はご贔屓に、宜しくお願いします。
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[以下テキストより抜粋]
(・・・)やらねばならないという考え方は、突き詰めれば緊急性に結びつけられる。それに対して、アートは根本的には誰かがやる必要のないものであり、言い換えれば「わざわざ」やるものであるといえるだろう。こうしたロジックによって、緊急性の名の下に必要性のないもの(アート)を排除しようとする姿勢は、時に民意と称した生活イデオロギーの中で全体主義化される。それは極めて単純化された社会における秩序を維持するために、明確に何かが排除されることにつながる。アート以外で考えるとそれは明白になるだろう。例えば、「日本は今、外国人による治安の悪化によって目下の危機に瀕している。日本人の暮らしを守るために、移民に対する緊急な規制が必要だ」と言われればどうだろうか。日本を取り戻すと称した外国人に対する除雪作業である。
世界や生活はそんなに単純なものではないし、何事もそう単純に一括できるものではない。そういった意味では、非合理的なアートは世界を複雑なものとして主体的に捉えようとする技術的アプローチであり、ある部分において明確に私たちの生活の構造を担うものである。ただし、だからといって、アートは守られるべきであると豪語することこそが正しいのだろうか。本展示では、こうした二項対立の戦いではなく、危機と創造性の両方の性質を含みうる行為として「雪かき」を捉え、本来の意味を独自に転回した「文化的雪かき」としての制作を提示している。