粘土

 自分がやっていることは本当にどうしようも無いことなんだという気持ちと、何かに取り憑かれたように突き動かされる欲望が同時に押し寄せる生活。でも欲望だけで続けていくのはとても大変なわけで、私は思考し続けることと運動することを結び合わせることでなんとか欲望を駆動しつづけられている。世界を良くしたい、社会に貢献したいとは全然思えない(そういう理由で欲望を駆動し続けられる人は凄い)。でも自身が社会的存在であることには興味があるし、自覚的でありたい。どう生きられて、どう生きられないのか。そういった感覚を掴むために、日々ゴミを量産し、それに対して「わたし」やら「文脈」やら「思想」やらをこねくり回しながら立て札=身体として高らかに、かつ情けなく掲げ続けるのです。

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